2006年ウイグルの旅 7*中国語が通じない村と、カシュガルに入った話

※この記事は、私のnote記事から転載したものです。


 今日は少し時間を戻して、ホータンの町に着く前に立ち寄った村の話から。そして今日はカシュガルに入ります。


中国語が通じない村

 2006年当時、新疆ウイグル自治区ではバイリンガル教育が行われていた。中国語で教育する学校、ウイグル語で教育する学校とに分かれていたという。新疆ウイグル自治区のわりと大きな町、また都市の人々はおおむね中国語が話せたが、小さな村となると全く話せない人たちもまだ存在した。

 ホータンの町に着く直前に、我々はとある村に立ち寄った。トイレと、水や少しの食べ物の補給のためだ。

 そのあたりを散策していると、音楽の教科書を広げて、そのうえで砂糖がけのカボチャを食べている女の子を見かけた。音楽教育には関心があるので話しかけてみたが、言葉が全く通じない。そうこうしているうちに女の子の母親も出てきたが、やはり通じない。そこでウイグル人の友人に通訳をしてもらい、少しだけ話をした。顔が映っているので写真は載せないが、本当に素直な目をした女の子だった。

 ほかの町でもカボチャを売っているのを見たが、カボチャはスナック感覚なのだろうか。

楽譜の上に砂糖が……

 ウイグル文字は右から左へ読む。楽譜は左から右へ読む。なので文字がナナメに書いてあるのかな。

奥付には多少中国語が書いてあるので何の本なのか分かるが、
表紙は完全にウイグル語しか書かれていない

どう読めばいいのか、ちょっとウイグル語は勉強したのだが、忘れてしまった……。

 ちなみに現在(2020年)には、バイリンガル教育はすでに行われていないそうだ。中国語での教育のみになっているという。日本にもアイヌ語や琉球語、各地の方言など失われつつある言語が多い。他人事ではなく、自分のこととしても考えてゆかなければならないことだ。


カシュガルへ入る

 さて時を戻して、ヤルカンドを出てカシュガルまでの間にレストランに入った我々は、いよいよカシュガルへと車を進めた。

都会だ
都会だ
マオ氏だ

 大きなマオ氏の像になんとも言えない気持ちを覚えつつ、カシュガル市内に入った。カシュガルでは3泊する予定だ。


旧市街とエティガル寺院

 カシュガルでまず1泊した我々は、中心部にあるモスク・エティガル寺院に向かった。向かう途中には様々な店舗が立ち並んでいる。こういうところを歩くのってわくわくするね。

カシュガル旧市街を通り抜ける。

 ここでは多くの人たちがカメラでの撮影に応じてくれた。みんなとても素敵な笑顔だった。

宗教教育のための学校。2020年現在には、もう無いのかもしれない

 手前のものは黄色いニンジン。ポロ(ピラフのようなお米料理)に入れるのだそうだ。

 キュートな女の子たち、爪を見るとヘナで染めてあった。真ん中の子はパールホワイトのエナメルで飾っている。インドではヘナで体に模様を描くヘナタトゥーが行われるが、ウイグルでは髪を染めたり爪を染めたりするのだという。体に害がなく、むしろ健康的になるとのこと。

スパイスやナッツ類などを売るお店。ともかくやまもり
様々な形態の唐辛子を売っている。からそう!
(目にマスク入れさせていただきました)

 上の2枚はチャイハナ、チャイ(お茶)+ハナ(~家、~室)で喫茶店と訳せばいいかな? 聞くところによると、チャイハナは男性の寄り合い所、女性は女性の寄り合い所のレストランなどで集まってお話をするそうだ。

 長くなりそうなのでカシュガルの続きはまた今度。

(続く)


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